コラム【異動の春です】

行政書士は、行政庁窓口の人たちがあってこその商売です。
どんなにその業務に精通したとしても、公僕の国家公務員ですもの異動となれば避けられません。
本当に、残念でなりません。大好きな人たちばかりが異動となる。
何度、幾度となく経験しても寂しくて仕方がない季節なんですが、
じゃあ実際はどうよ?って行政書士視点でお伝えすれば、
不器用の塊の代表:松井。ホントに手と手を合わせていいですねーっていう案件はわずかで。
どうします?っていう相談から、これ、申請するにはこうしたいと考えてるしかないんだけど、
あと、何が要りますか?のように、行政庁の窓口の方たちと、依頼者を繋ぐ志事。
だからそれぞれの許可をたくさんのいぶし銀に理解している担当官が、窓口がいないと困ってしまうんです。

松井さんぐらいたくさん経験があるならば、必要ないんじゃないですか?

なんて反面嬉しいお言葉をいただきますが、
全く違います。
あなただからこそ、やってこれたんです。いつも学んでいます。

決して無理を分かってくれる担当官ではなく、
真摯に依頼に向かう行政書士として、限られた公務員という業務の一セクションにも
関わらず、一生懸命に向かう担当官であれば、敬意と共に示していただける内容に応えたい。

そういつも感謝して、また新たに法律に則って進むしかありません。

 製造業、建設業、物流業もはじめ、業種関係なく取引先の窓口が変わるほど、
大変なことはないと思います。元請けが変わると同じぐらい、涙です。

生まれ変わってもし私が政治家になるとしたら、
公務員制度を改革します。
数ある優秀な人材の知恵と努力を、無駄にしてはならない。

そんな異動だって、哀しまないとおっしゃる私が愛した担当官の人たちは、
必ず同じ言葉で私を励ましてくれます。

全くやったことない部署にこれからイキマス。
松井さんと仕事できて良かったです(ひどい無理難題言ってますから)なんて。

泣けちゃう。嬉しくて。
いつも私は、敬意を表して、
あなたなら、どこのどんな部署に行っても心配なんてなく、
また新たなミッションに挑んでいくと応援していますとお伝えします。

普段、みなさんがお会いするのは、
機械的で残念な行政庁の人でしょう。

でも、行政庁の人たちも人間です、想いがある人達もいる。
そして、すこぶる優秀な人達も中にはいます、です(笑)

後任の人たちがたまたま残念なケースもあります。

法律は、生き物です。

条例、規則、ガイドラインまで当たり前に読み込んでいます。
でも足りない、いろんな事を教えてもらう窓口でもあります。

たとえそれがどんな許可でも。

コラム【覚悟を決める】

綺麗な青空の週末、名古屋でした。
つい数日前まで手術の覚悟ができてた松井ですが、
本当に私は悪運も?!強く、風邪気味ぐらいなもので元気いっぱい、
日々当たり前だと考えがちな毎日を送れることを
改めて心から感謝しています。

今年もはじまってまだ3か月を?も?!経過したぐらいですが、
本当にたくさんのご相談を毎日お預かりします。

皆さんは、今、どれだけ現状にいえば覚悟を決めて生きてますか?

ご相談内容によったら、覚悟を決めたから行政書士事務所に行く、
覚悟なんて決められないからとりあえず行政書士事務所に行く。

バカみたいに様々なお困りごとにド真剣に向き合わさせていただくと、
廻り回って自分に還ってきて、意外に単純明快、

それぞれの皆さんが覚悟を決めること、それが答えなんです。
どの覚悟でいくかも相談者さん次第。一つでも多くの選択肢をお伝えできるように
なりました。私も自分たちでできる最大限のサポートの覚悟ができているんです。
覚悟をサポートする。覚悟になるまでサポートするのか、
覚悟になるために一緒に進むのか、形は千差万別です。

分からなかったなー。
答えを導きだしたくて、ウチに訪問してくれているんだろうなんて
必死に解決策を模索するよりも、
答えは、皆さんの心の中にある。
その選択肢の一つに名古屋行政書士事務所があれば、
全力でサポートしています。

明日は名古屋と岐阜で帰化許可申請

今月は県内一斉、帰化許可申請dayです。
一生に一度の手続き、張り切って参りますよ!

 

 

 

コラム【サービス業の過酷さ】

本コラムもいよいよ終焉を迎えようかもしれません。
好き勝手に書いてまいりましたが、
皆さんのおかげで、本体のHPの更新もせず><;有難く本日も。。。心折れず。
であればいいんですが、しっかりとご指摘・非難も受けてます。

行政書士事務所のコラムである以上、それなりでないとダメですね。

が、元々読んでいただかなくてもいい、
人間、松井由香、満載のコラムでい続けられたことに、改めて感謝です。

おかげさまで1,000コラムを超えましたが、
明日にもなくなるかもしれないと想って、
至極のコラム、松井節を。

サービス業、たくさんのクライアントさんがいるからではなく、
本当にいろんな意味で過酷です。過酷極まりない!
あるクライアントさんは、有名アパレル衣料量販店のクレーム処理専門です。
いつも疲れ切ってしまっていて当たり前。聞けばひどいもんです。
鬱積している何かをぶちまけてしまう、そんな空間になっているんではないでしょうか。
いつも外国人を通して、この国日本は素晴らしいと言っている自分が、
日本人が哀しいです。形は違えどファミレス・居酒屋で働くクライアントさんも同様。
みんな耐えてます、っていうより、もう日本も何処へいくのやらですかね。
究極に便利・快適を求めた応えなんて、第一線で働く彼女・彼氏たちに言えません。

私に文才があるなら、もっともっと書きたい・伝えたいこともあります。

サービス業、行政書士もおんなじです。
選ばれてなんぼです。まだまだそんな有難いサービス業の端くれです。

気をつけているのは,どこへ行っても変わらない自分でいることです。

それがたとえお水だけ運んでくれた、とある飲み会のアルバイトさんとしても。
いつもと変わらず、ありがとうと言います。

「松井さんは、いつも誰に対してもありがとう」と言ってますね?
とよく言われますが、その質問には何の意味がある?と聞きたい。

横柄な態度で接していれば、必ず自分に還ってくると、そうお伝えするしかないんですが、

究極は自分の鑑です。

私は本当は気が小さいので、なのに人一倍守りたい人たちがいる。
心からありがとうです。そう想ってすべての人にお会いしています。

不器用ですが、なんの学歴もなくコネもなく始めてこれた行政書士業務。

また改めてなんて言えないぐらい、たくさんの学びを受けています。頑張る人たちを観て、まだまだ本気が足りないと思いました。

素敵な連休を(^^♪

コラム【前代未聞の帰化申請】

何度もこのコラムでも書いていますが、
私にとって、帰化許可申請をはじめ、各種許認可申請は、
いつも何年たってもその申請当日は、襟を正し、今日が行政書士になって、
初めての申請だという気持ち、万全な書類を携えているのはプロとして
当たり前ですが、初心を必ず忘れません。
大切な大切な瞬間です。無事に受理されるまで一秒たりとも気を抜かず、
かつ、ご依頼をいただいたその日から申請日当日までの二人三脚で行ってきた
やり取りを思い出しています。

その理由は、
私たちにとっては、たくさんのご依頼案件の一つの業務かもしれません。
でも依頼者さんにとっては、決して安くない報酬を払い、
わが事務所に大切な許認可の手続きを託して、ようやくの晴れ舞台ですから。

帰化許可申請は、名古屋行政書士事務所では当日依頼者さんと同行します。
山盛りの書類に、みなさん圧巻。
まさにご依頼していただく意義があります。最短最善に許可をいただくために、
スタッフ一同で、一つ一つ揃えていきます。

今日は何年越しの帰化申請。
いつも完璧に整えてる書類一式ができなかった。当日勝負みたいになってしまう選択。
もちろん、法務局:担当官にもご迷惑をおかけしたくないので、
通常ならまったく進めなく後日に改める次第。
素直に謝った、担当官に。いつものように整ってなくてすみません!と。
でもできることはいつでもですが全力。

行政書士も人です。松井由香という一人の母ちゃん・女性としても生きています。

帰化許可申請とは、
日本国籍を取得するために
その方が生まれてから現在まで、それから未来を示していく書類を整えます。

だから単なる業務だからと書類を作るんではなく、
その人の生きてきた人生、これからの人生を思いに託し書類にしています。

今日は自分の曲げない行政書士としての想いよりも、
プロですから、書類を一つ一つ整えていけば、その人の生きてきた人生がわかるようになります。
松井さーん、って忘れた頃に連絡をくれる依頼者の
誰よりも頑張っている人生、言葉にならない、書類にもできない、
毎日を一生懸命生きている、それを誰かに評価されなくても、
コツコツと一生懸命生きてる、そんな人を本気でお手伝いできてよかった。

前代未聞の業務内容はお伝えできませんが、
時には、全力で行った業務の先に、異例の対応もいただけて
行政書士に神様がいるならば行政書士の神様からのプレゼントと
本気で生きている人のご褒美だと思います。

って松井と一緒に帰化申請した依頼者の皆さんは、
みんなこの想いなんですねー(^^)/

 

コラム【ベトナム:ハノイにて最高のおもてなし】

帰国直後も弾丸スケジュールは変わらず、元気いっぱいの松井です。

肌寒いひな祭りの名古屋からフライトして5時間、

気温24℃のベトナムハノイへ到着。

さっそくTシャツに変身してハノイの街を車中から見学。

日本の建設技術者が建ててくれたんだと自慢気に話してくれたハノイ最大の川にかかる橋を渡り、見慣れた日本のショッピングセンターの看板を目にしながら、街の活気とバイクの多さと鳴りやまないクラクションにいつも海外ならではの日常を想う。

私がまだ生まれてない昭和30年代の日本の風景はこんなんであったんかと、ふと思いました。2,3世代で暮らし、家族を大切に想いやり支え合う。

本当にベトナムの女性も強い。若くてもしっかり母ちゃんして、仕事して、学校まで行ってる第二子出産数か月の女子にもあったかいおもてなしを頂きました。

 

はじめて訪れたベトナム社会主義共和国。

たくさん日本でこの国の人たちの手続きをサポートしているのに、百聞は一見に如かず、

社会主義の国とは出かけてみないと分からない景色です。

空港に到着から、私の大好きな百合の花束に囲まれ帰国の空港までの数々、最高のおもてなしをいただきました。
空き時間に連れて行って頂いたホーチミン凌、荘厳でした。前日に天皇陛下様ご一行が訪れていたそうなので、
一日違えば、拝見できなかったかもしれません。

素敵な出会いと感謝を胸に、日々精進してまいります。

ナントカ学園も是非はおいといて、
愛国心は一歩、日本から飛び出せばどんなに我が国は素晴らしいか、
当たり前のように分かります。
反対に、この当たり前に分かることが分からなくなってしまっているから、
必要?不要?いや、個人的にはまた別の問題?と少し切なく思います。
未来を作るのは、大人の役目。そう個々が毎日どんな風に過ごすのかを試されてるのではないでしょうか。